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DATE : 2024/11/25 (Mon)
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DATE : 2009/11/30 (Mon)

1/350 日本海軍 戦艦 霧島 1942
霧島は金剛型巡洋戦艦の第3番艦として1912年3月、三菱長崎造船所で起工、3年後の1915年4月に竣工し同年12月13日に戦艦榛名と共に第2艦隊第3戦隊を構成した。この後、ワシントン会議などの軍縮条約によって、新規に戦艦を建造できなくなったため霧島を初めとする金剛型戦艦は常に第一線級の能力を付与される存在となった。霧島は第二次改装によって、高速戦艦となった。太平洋戦争においては、霧島と比叡は第3戦隊第1小隊を編成し、開戦の引き金となった真珠湾攻撃機動部隊護衛部隊としてハワイ沖まで進出したのを皮切りに、南方攻略作戦、インド洋作戦、そしてミッドウェー海戦には金剛と共に機動部隊護衛にあたった。ミッドウェー海戦の敗戦後、比叡と再び第11戦隊を編成し、新編の空母機動部隊を中心とする第3艦隊に編入され、第2次ソロモン海戦、南太平洋海戦に参加した。ガダルカナル島のヘンダーソン飛行場砲撃のために1942年11月に起きた第3次ソロモン海戦第2次戦闘において、進出してきた米国戦艦と砲撃戦を展開するが、ワシントンのレーダー射撃によって大破し、その後自沈しその生涯を閉じた。
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DATE : 2009/11/29 (Sun)

1/350 ピットロード 日本海軍 夕雲型駆逐艦 夕雲
夕雲型駆逐艦は陽炎型の改良型として建造され、書類上では同じ「甲型」駆逐艦とされていました。陽炎型ではすべての船が最大速力35ktを発揮できませんでしたが、夕雲型では艦尾を80cm延長する他、喫水線下部などの形状を変更、推進機の改良をするなどして全艦で35kt以上を発揮できるようになりました。また、12.7cm連装主砲は陽炎型のC型砲塔(最大仰角55度)から対空射撃が可能なD型砲塔(最大仰角75度)へ更新されました。(最大仰角付近で発射速度を維持できなかったため、有効な対空射撃はできなかったようですが……)夕雲型の特徴でもある下部が傾斜した末広がりの艦橋構造物は、大幅改造をすることなく艦内容積の拡大を実現しています。

DATE : 2009/11/28 (Sat)

1/500 ニチモ 航空母艦瑞鶴
日本海軍は昭和11年末、ワシントン軍縮条約が放棄され、その制限から解放されると、さっそく三計画が実施されました。この三計画は昭和12年度補充計画で、戦艦大和、武蔵などを含む艦艇70隻、30万トンにも及ぶ膨大なものでした。空母瑞鶴型の2艦もこの計画基づくもものです。南太平洋海戦に参加、翔鶴とともにアメリカ空母ホーネットを撃沈、エンタープライスを撃破する戦果をあげました。レイテ沖海戦では両舵に3本の魚雷が命中しフィリピン沖でその姿を消しました。

DATE : 2009/11/27 (Fri)

1/350 GM3508 水兵
1/350 GM3508 水兵

DATE : 2009/11/26 (Thu)

1/350 日本海軍 甲型駆逐艦 陽炎 スーパーディテール
製品内容は「陽炎」と「浜風」の選択式となります。エッチング部品(手摺り、爆雷台、艦橋側面の電波探知機アンテナ、窓枠など。)と、主砲身・爆雷の挽きもの部品、爆雷装填台用のメタル製爆雷部品をセットした豪華な内容です。デカールは陽炎:開戦時(1941年12月)・陽炎:最終時(1943年5月)・浜風:天一号作戦(大和沖縄特攻作戦)時(1945年4月)エッチングは手摺、爆雷台など。真鍮引きものは主砲身、爆雷部品。メタル部品は、爆雷部品(爆雷装填台用の連なった状態)。また、新規考証により「浜風」専用パーツとして新規プラパーツと専用エッチングを追加します。
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